車窓の中で跳ねる五線譜

僕が脳裏を表にして書くブログです。難しい文体でごめんなさい。

呪泥

長らく、ここには来ていなかった。

この場所の存在を忘れていた人間も多いだろう。記憶は存在を固定し認知する方法として最も力の強いものだ。それを弱めるものは時間のみ。多くの時間をここから離れて注いでいた。

初期に書いたものに比べて、僕は健康とは言えなくなった。

夢を諦めた。

術を失った。

いつの間にか精神は毒され、身体の枷を強固にした。

何を求めて明日を探しているのか、もう分からない。ただ文を書いては意地汚く寝床に顔を埋めている。実に愚かだ。しかし、まだやり直せるとどこかで思っている。

恵まれてないとは思っていない。まだ自分は何かを成せると思っている。浅ましくも。

それが呪いとなって、背反する自我の綱となって心血を引き裂いてしまったのは悔やむべきなのか。必要な挫折なのか。

この世界は狭いようで広い、故に冷たい。

いつの間にか自分の精神疾患が悪化していた事に気付いたのは、またも自分だった。

何かがおかしい、何かが違う。こんな世界じゃない。

夢も現実も否定して逃げた妄想も制御できず、文章だけが無尽蔵に溢れ出して創作の奴隷と化している。

言葉が即座に脳の漠然としたイメージから形に出来るのは誇るべき能力だと以前まで思っていた。したくないものまで言葉になってしまうというのに、それを素晴らしい才だと、僕はその力を求めてひたすら書いた。

書いた。

書いた。

頭や目を掻いて、それでも書いた。

書いてその力を手にしたとして、何がしたかったのか、正直分からない。

ただ今もこうして、書いては吐く息を身体に戻そうとしている。意味もなく、益もないのに。

楽しさや、嬉しさ、そういったものはどこにもなかった。創る事が時間の中に自分を留める錨の役割をしていただけだ。それすらも自分の重荷になっていると知ってもなお、妄想の世界だけで生きてしまえば白い牢屋に飼い殺しにされるに違いない。だから足掻く為にも、「自分はこの世界に適合していなかった」と大声で叫んでいるのだ。くだらない。

いつの間にか毎日の様に妄想の世界と夢の世界と現実の世界を混在させた、異形の臓物の様な未知であるが既知である時間を過ごし始めていた。

苦しい日々だ。今もそうだ。何かに怯えている。突拍子もない行動を取ってしまう。上っ面を取り繕う事だけが巧くなっていく。下賎な埃虫に成り下がっていく。

 

 

ある日の深夜、僕は歯を磨いていて、何故かそのまま外に歩き出していた。裸足で外行きの格好もしないまま、幻に囚われた僕は歯を磨く事をやめられず徘徊を始めた。

僕は灯台を目指した。頂上には明るい食卓があって、そこへ辿り着くまでにアリの行進をいくつか潰さなくてはいけなかった。だから外へ出た。歯を磨く事が止められなかった理由は、その灯台へ行く条件が穢れを落とす事と懺悔の泥を吐く事で、それらを完遂しようと永続的に行っていたからだ。泥を吐くには吐く泥がいる。口の中を磨いてすすいで落とす行為をする事で、相対的に汚れの存在を口の中に固定出来るのだ。

外を歩いてしばらくすると雨が降ってきた。歯茎から血が出た頃だ。濡れたタイル張りの橋の上で口から出た血で地面に文字を書く事にした。灯台は近い。そう思った。

結局明け方まで泣きながら許しを乞いていた。灯台には辿り着いたが食卓に着くには身が冷え切っていたのだ。実際は橋の上にいたと思うが、その時は完全に妄想の朝に飛び込んでいた。灯台はたまに身じろぎをする。辺りに広がる煙を払う為かもしれない。その揺れが身体を伝っていると思った。実際は雨で濡れた寒さで体温が下がっていたのだと思う。歯ブラシは鮮血で染まっていた。もう磨きはしなかった。ただただ寂しかった。

ふと辺りを見渡すと、橋に戻っていた。地面に書いたはずの血も残っていない。きっとこの雨で流されてしまったのだと、だからここに帰ったのだと毛羽立った血染めの歯ブラシを投げ捨てて家に戻った。踵には小石が刺さっていた。痛みは、帰るまで感じなかった。

 

 

そういった体験があったという事を、ここに書いておく。
後から意味を意味を補完している部分もある為、分かる様にはなっているはずだ。