車窓の中で跳ねる五線譜

僕が脳裏を表にして書くブログです。難しい文体でごめんなさい。

品格

ブランチの刻、僕は抱腹し、食欲の高まりを感じていた。まぁ僕は少食だから、この欲も少しの咀嚼で消えるのだが、そういった飢えにここまで強いのは考えものだ。


僕は何を思ったのか高級を体現した街路に来ていた。いや、実に空気の入れ換えが上手い。これほどまでに気品の大気汚染が発生しているなら道行く人間にも少なからず影響を及ぼしているだろう。僕がその一員になりモデルばりに闊歩をキメて非日常に溺れる自分に酔うのも一興だが、生憎僕は常に日常を非日常と観て嗜む物好きなもので、歩くこの一瞬ですら感覚の鋭さに波が出来る。故に疲労を覚える事も多々ある。


カカオの芳醇な香り。ここはショコラトリーか。趣のある角張った黒の壁。表面は滑らかで雨水を弾きそうだ。僕の腹を満たすにはこれくらいが丁度良い。僕は曲線が温かい木製の扉に手をかけた。撫でるように手すりを引くと香りは一層強さを増した。嗚呼、異世界だ。ここが舌の遊郭か。


高価だなぁ。いやぁ僕の財布には堪える。宝石店が用いるような小振りの値段立てに肝が冷えるが、僕は腹を満たしに来た事も忘れ舌を癒す事に全力を注いでいた。目に止まったのは赤銅色の角が取れた直方体だった。説明を聞くとこれは木苺の酸味を閉じ込めたベリー系カカオを使用した味わい深いガナッシュだそうだ。あ、そうか。ここはショコラトリーだった。つい美術品を眺める姿勢を取っていた。


僕はそれが入った小さな箱を一つ購入し、少し歩いてデザイナーが手掛けた事が一目瞭然の公園の芝生に行き、木陰を探した。
手に取り、眺める。感嘆。齧るべきか悩む程の造形美だ。一口でいこう。僕は舌の中腹に宝石を置き口を閉じた。ゆっくりと溶ける甘味。その刺激は一瞬で位の違いを見せつけてきた。至福。それに尽きる。


他にもチョコ、まだあるんだよなぁ。お目当てのガナッシュの鮮やかな果実の贅沢を浴びながら箱の宝石達を鞄にしまった。上品な甘さのせいか、夢見心地だ。