車窓の中で跳ねる五線譜

僕が脳裏を表にして書くブログです。難しい文体でごめんなさい。

冷気

太陽が青く街を染め冷気を連れてくる。紙で指を切ったような痛みを腹に抱え僕は目覚めた。今すぐにでもこの街に潜む鉄の働き蟻達が往来を始めるだろう。バルコニーに出た僕は手すりに肘を乗せ、金属の吸熱反応を楽しんだ。

寒いな。誰かが言う。誰でもない僕なのだが。バルコニーから戦略的撤退。紅茶を淹れてしばし時計から解放された利己的な時間を揺蕩う事にする。カップの内側に薄く蜂蜜を塗り、紅茶を注ぐ。その音と共に起床というインシデントが区切りをつけた。

どうやら今日の香は適度に乾いた青葉の匂いだ。青はやがて白となり、人間のサイクルを起動する。紅茶のカップを両手で水を汲むように抱え、再びバルコニーへと赴く。
冷気が変異し、活気に変わる瞬間は分かりづらい。人間が眠りにつくのと同じように。

皮膚を伝わる熱さに若干の多幸感を覚えつつ吸熱反応が徐々に衰えていく過程を興じる。こういったものは解放的な今ですら薄れていく。戦士の傷が徐々に癒えていくように。
忘却は人間を守る為にある。絶対的記憶保持者はその点では完全に防御を捨て去っていると言える。だから強く、脆い。僕達は癒えない傷を指し過去を語る事が出来る。

到底、この紅茶の味が傷として残るとは思えないが。それでも今この『熱気』を味わいたいのだ。
カップは空だ。熱は消えた。この体に受け継がれたのだ。こうして朝と共に昨日を終えていく。